闇の左手、ゲド戦記

読書
01 /24 2018
SF読むならこれは欠かせないよ! と闇の左手。


ナルニアを読んだら次はこれしかない! とゲド戦記・影との戦い。
いろいろ出てるけど、私の手元にあるのはこれ。

どっぷりSF、がっつりファンタジー。
若いころにはわからなかったあれこれが、大人になってわかってくる。SFもファンタジーも「子供騙し」ではない力強さを持っていた時代の傑作。

読み返してみましょう。
彼女を思いながら。

米作家アーシュラ・K・ル・グウィン氏死去 
1/24(水) 12:12配信

昨日の電車のお供に

読書
01 /09 2018
これを持っていったんです。

発売(2017年10月)直後に購入はしていましたが、いつもの通り積読してました^_^; 昨年のまさよしの弘前公演の際に太宰の暮らした家を訪ねてあれこれ見聞きしてきたとはいうものの、太宰治は私にとってはなじみのない作家ですし、素子さん祭真っ最中でもありましたから。

で、昨日電車の中で開いてみて。
「あら、こんなところにこんなセリフが」
「へ~、こういうことがあるんだ」
「これ・・・いい」
なんてことをつらつらと思い至ってですね。つまりは、かなり素敵です。

《円紫さんと私》シリーズの続きとして出されたものではありますが、およそ半分読んだ今の時点ではそういう雰囲気は出てきません。円紫師匠自体がまだ出てこないです。
日常に起きたあれこれの謎を解いていくというミステリーの部分はとても少ないです。この本に出てくる謎は「本」というか「文学」にまつわるあれこれで解決することによるカタルシス、というものはあまりありません。「へ~、そうだったんだ~」っていう知的好奇心が満たされる心地よさと、「ほっほ~」というちょっとした優越感的喜びみたいなものが中心の読書になっています。しかも、ひじょうーに狭い世界というか、私にとってはサダさんとの関わりの中での喜びだったりするから、一般的とか誰が読んでも、ということにはならないと思うのです。

でもね。
「調べてないの? 計画性なし。行き当たりばったりだね」
「行き当たって、ばったり――よりいいだろう」
とか。
  内田さんと芥川さんの話をソバできいてゐるとおもしろい。
  才気煥発の競争だからである。ひ〔と〕つもあたりまへのことはいふまいとする競争だからである。
  しかし結句一坐のクラウンたるに相違はない。
  人生の花形といふものは結句人生のクラウンではないか。象のヘソの話がおもしろかつた。
     (『野上弥生子日記』よりの引用 「内田」は、内田百閒のことだそうです。)
とか。
  だが、要するに少し史眼を光らせて見れば、こしらえものであることがたちまち看破されるこの人工的な世界の中で、最も人工的な花火だけが、まぎれもない実存として生きている。その花火はたしかに鹿鳴館の上にあがった。それが、「蜘蛛手に闇を弾きながら将に消えようとする」のを見て、悲哀を感じている十七歳のdebutanteの視線には、芥川龍之介の視線が重ね合わされている。この小説(芥川龍之介『舞踏会』)においては、一切の道具立てがこの花火のために存在する。
    (江藤淳 作家論『芥川龍之介』寄りの引用)
とか。

近現代の文学にほとんど触れずに来てしまった私にとっては初めて知る文章ばかりで、それがとてもとても興味深い。大学の時とかにもっと読んでおけばよかったと思うこともあるけれど、自分の興味だけでなく、人の思うところを自分のところに引き寄せたり、自分からそちらに近づいていったりしながらたくさんの「おもしろい」に触れられる今、こうやってさまざまなことに出逢えるのが嬉しい。
サダさんが今めっちゃはまっている内田百閒に直接手を出すのはちょっと抵抗があるけれど(旧かなとか、めんどい…)、こうやっていろいろなエピソードからサダさんが愛してやまない人物の人となりに触れるのは何とも言えない趣がある。をかし、ってやつだな。

中学生のお母さんになっている《私》の生活も描かれています。野球部に入っている息子の練習を見に行くところとか、お母さんどうしのいろいろな会話とか近所に住むおじいちゃんとのやりとりとかが文学の謎を追う部分と違和感なく混ざっています。昔の円紫師匠とのシリーズだったら、その日常でこそ謎ができるのだろうけれど、いまのところそれはありません。そっちも読みたかったなと思う私もいますが、今は。今の私が心惹かれるものたちとのリンクを楽しみながら読み進めたいと思います。

日本近現代文学。喰わず嫌いはやめた方がいいのかもね。
定年退職したら図書館に通って読むのもいいのかも(^ム^)

〈完本〉初ものがたり 宮部みゆき 762円(税別)

読書
12 /18 2017
都合で早朝の電車に乗る。お供は〈完本〉初ものがたり。
乗換駅で朝ごはん代わりの駅弁を買う。せめてもの休日気分を味わうためにコンビニでおにぎり、ではなくて『駅弁』。
その時に、「いなりずし」を選ぶ。助六弁当。飲み物は熱いほうじ茶。
これはそういう「ものがたり」


カバーは別に買ったものだけれど、かなり、そうかなり気に入っている。
初ものがたり
いろはうたにねこと魚。徳利にぐい飲み。いや、そば猪口か?
これはそういう「ものがたり」



相も変わらず訳の分からぬ文章で申し訳ありません。
〈完本〉初ものがたり。とても魅力的でとてもやわらかくて、まっすぐ芯の通った熱さを持った穏やかな「ものがたり」でした。
SFの宮部みゆきも好きだけれど、そこに生きる少年たちも魅力的だけれど。江戸の町で生きる茂七親分たちの温かな生業は何物にも代えがたいものです。

あの夏。ずいぶんと遠い夏。宮部みゆきに出逢えてよかった。


直虎は、もう一回ちゃんと見てから書きたいと思います。
忘年会から戻って見たけれど…なんだかやっぱりまだ言葉にならない。
「かしら! 我より先に死ぬなよ!」
「そっちもな!」
約束は・・・守られました。

星新一フェア! 一部書店・・・にうちの近くの本屋さんは入っていないんだろうな。

読書
11 /28 2017


で、素子さんと村田沙耶香さんの対談は新潮社のPR誌『波』に本編が載って、それのショートバージョンがこちらの小冊子に載るんだそうです。(素研さん、いつも情報アリガトさんです!)
素子さんの対談も嬉しいですが、モー様の「私と星新一」も読みたい! 都会まで行かないともらえないかなあ。

12月の前半は土日までしっかりお仕事! 後半は素子さんパーティーと髑髏城2本。公私含めた忘年会がちょいちょい入って。
・・・とりあえず動けそうなのは9日の午後・・・か? 
あ、お取り寄せとか、ダメなのかな? 一応聞いてみよう!


SFではなくて、お父さんのことを書いた実録記的な文章、だそうです。
この本のことは知っていましたが、読んだことはありません。図書館で探そうかしら。

世界遺産劇場@中城を流しながら『あしながおじさん』を拾い読みする。

読書
11 /20 2017
ダディ・ロング・レッグズを観た後に寄った八重洲ブックセンターで買ったのは、このあしながおじさん。

新潮社。ピンクの表紙にウェブスターが描いた挿絵があるから買った・・・というわけではありません。
もう1冊あった訳者違いの本と両方を手に取って。ぱらぱらとページを繰って「あ、おんなじだ」と思った新訳「訳しおろし」の文章に惹かれたからです。舞台の上のジルーシャ=ジュディが語る、歌う言葉とおんなじ匂いが感じられる言葉たちがページの中にいたからです。うん、最初は舞台の翻訳と歌の訳詩と同じ人かと思ったくらい。

そんでちょっと調べたら。


亡くなっていらしたんですね、岩本正恵さん。そして、これが最後の翻訳だったと。続編のジュディの友達が主人公のお話と両方を訳し終わって・・・校正はできないまま亡くなったと。遺作、というよりは絶筆、だったのではないかと思う…見まがう作品です。
舞台の方の翻訳は演出家の奥様でもある今井麻緒子さん。初演の日時と翻訳の日時とを考えるとどっちがどっちということもないのですが、とにかく本の中の言葉から音楽があふれるというか、あのステージが蘇るっていうか…つい読みふけってしまいそうになります。

英語が読めない、英語で書かれたものを英語そのもので味わえないのはさみしいものがありますが、すてきな翻訳家さんたちのおかげで遠い遠い世界のお話も読むことができます。18歳から大学を卒業してちょっとまで。ジュディが幸福になる方法を見つける素敵な恋と成長の物語。

舞台は1万円しますが、本は千円しません。
どうぞ、お手にお取りください。
あしながおじさん、ダディ・ロング・レッグズ。
全ての女の子に、すべてのこれから女の子になるひとたちへ。そしてかつて女の子であった方たちすべてに。読み直しましょう、あなたの本棚の中にあるあしながおじさんを。図書室や図書館や・・・あちこちにいるあしながおじさんを探すために、読みましょう!

さすがに、外れましたね^_^;

読書
11 /08 2017
これです。


当選通知はハガキだったらしいです。メールじゃなくてハガキってところが、うふふですね。
やっぱりちゃんと準備してハガキで申し込むべきだったかな? そしたら、当たってた??

まあ、あとの祭りっていうか、後悔先に立たずっていうか…どっちにしろ当たるときは当たるし、当たらないときは当たらない。どっかで上がるであろういろいろなことをテキストで読んで妄想しましょう。文字だからこそ伝わる何かを求めて。

これでまあ、12日に仕事から大急ぎで電車に乗らなくてもよくなったわけですが、それでも名古屋まで出かけられるわけでもなく。ふだん通りの「仕事のある日曜日」を過ごすこととなりました。急いで来てくれてもいいよという友人もいるのですが、ちょっと無理そうです。そんなことも含めて、ゆっくりできるといいのですが……。


10日から発売。テキストのやつがいいな。


わかんないだろうし、自己満足できそうだし。
買ってしまおうかな。

「本を読む」ってなんか特別なこと、なの?

読書
11 /06 2017
この間無印良品に行ったら結構な量で本が売られていて。
「旅」とか「暮らし」とかまあ、そういうところでのこだわりの本たちが書架に並べられていた。内田百閒とかもあって、阿房列車の冒頭だけ読んで「わ、この間のサダさんのブログはこれだったのか。変な反応書いちゃった!」ってちょっと赤面。
この本たちは、無印良品なりの豊かな暮らしの提案?


その後。12月23日の素子さんの40周年パーティーの日に、どうせだから泊まってしまおうかと思って宿を探していたら。
BookTeaBedという…カプセルホテル…ドミトリー、かな?
コンセプトはこんなだそうです。
「『本』と『茶』と『眠る』だけの世界的でも数少ないユニークな世界感を堪能してみるのはいかがでしょうか。
旅する人たちにとって思い出の場所になるでしょう。
是非、本に囲まれて眠る体験をお楽しみください。」
本に囲まれて眠る体験? ん? 


素子さんのイベントやサダさんのライブなんかが行われたブックカフェっていうもの。
コーヒーやお茶、お酒を楽しみながらゆっくりと本を読む。いや、逆か? 
本を読みながら、お茶したりお酒をのんだり。
ふむ、本を読むことと似合うのはお茶やお酒。そこで読むのはどんな本かな?
床屋さんにも街の診療所にも本(雑誌だけでなく)があったのは、昭和の話?



お布団の周りにはその時読む本だけを持ち込むようにしている。本棚でも床置きでも崩れると危ないし、置きっぱなしの本につまずくと自分の体、本ともに修復不可能な傷が生じる可能性があるから。(「痛いの痛いの、飛んでけ~!」の呪文で修復できる超能力(「階段落ち人生」奇想天外 21世紀版 アンソロジーより) は持ち合わせていないんで^_^;
お風呂場には文庫本のみ。ソファの周りはカオス。PC周りには買ってきたばかりの本。かばんの中には文庫基本でその時の気持ちに一番近いもの。
あたりまえ、なのだけれどそれって、特別なこと、なのかしらね、今は。

新聞読むのも、特別、になってしまった感じかな。うちも新聞は取ってない。


ちょっとたわごと・・・・・・で、ございました。

11月のエンタメ予定が…ないっ!!

読書
10 /18 2017
だから、これ。行きたいなあって。いや、予定があっても行きたいんだけど。

作家LIVE11月「谷川俊太郎さんと俵万智さん 朗読とトークの夕べ


俵万智も谷川俊太郎さんもどっちも好き。
サラダ記念日は初版で持ってる。
20億光年の孤独は文庫だけれど、中学の時にテストで読んだ「日日」からずっと、いいなあって思う詩の半分くらいは谷川さんだったような気がする。

この前のまさよしがらみのもすごく興味深かったけれど、これはもう純粋に言葉のものごと。行きたいなあ。午後3時、下手すると4時過ぎまでお仕事なんで間に合うかどうか微妙なところなんだけれど、申し込んじゃおうかなあ。
ハガキでの申し込みっていうのがなんだか嬉しいから、余った年賀はがき使って申し込んじゃおうかな。