どこのカテゴリーに入れようか、どこのテーマに入れようかちょっと考えてしまったけれど、やっぱり「ジェフ」。車椅子バスケットボールの日本代表チームキャプテンではあるけれど、彼のベースはサッカーだとわかったから。どこまでいっても「サッカー小僧」であることがわかったから。

車椅子のJリーガー―いま僕はシドニー・パラリンピックの日本代表車椅子のJリーガー―いま僕はシドニー・パラリンピックの日本代表
(2000/09/01)
京谷 和幸京谷 陽子

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「お、そういえば来週秦坊がトップランナーだ。最後まで見れば次週予告が見られる」
そんな気持ちで見始めたトップランナー。
「ああ、今日はこの人なんだ」…ジェフのファンやっていますから、千葉県に住んでいますから、この人のことは知っていました。交通事故のことも、車椅子バスケットへの転進のことも、奥様との逸話も。しかし、こんなに深く話を聞いたのは初めてで。この人を主役にした車椅子バスケットのマンガがあることも、それを描いている人が井上雄彦さんだということも知りませんでした。
  これです。↓
リアル (1) (Young jump comics)リアル (1) (Young jump comics)
(2002/09/18)
井上 雄彦

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そして何より。
京谷さんが、こんなに「いい男」だったとは。


番組の後半。
交通事故にあって脊髄損傷で、一生歩けなくなって…泣いて泣いて泣いて…
そんな中で…「腹減った」って思ったときに、自分ひとりではそんなことすら何とかできなくて、今まで自分ひとりでやっているって思ってきたことがどんなに思い上がりだったのかわかったって。
翌朝、出された朝食を全部平らげて、それでも足りなくて奥様(当時はまだ婚約者?)に「たこ焼き買ってきて」って言ったところで、なんか吹っ切れたって。そんで奥様も「ああ、変わった」って思ったって。

だから。
あの事故が、車椅子の生活になったことがGIFTだったと。独りよがりな自分から、仲間に、家族に、すべての人に支えられているんだと気付けたあの出来事は、自分にとってのGIFTだったって。車椅子バスケットに出会えて、今の仲間に出会えた。

それでも。それだからこそ。サッカーに感謝している。サッカーがあったからこそ、今の自分がいる。この年齢だけれど、これから先どんな形になるかわらないけれど、サッカーに恩返しがしたい。サッカーはぼくを形作ったものだから。

ベースがあって、転機があって、感謝があって。
そうして人は、生きて行くんだなあって思った。
そうやって人は「いい男」や「いい女」になっていくんだなって思った。


京谷和幸。37歳。
1971年8月生まれ。
まさよしくんと、同い年です。


京谷和幸オフィシャルホームページはこちら
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