YM21のセトリの中のあの曲。

山崎まさよし
03 /07 2016
昨日の長い前置きを受けて書くわけですが。
このツアーで、あの順番で聴くたびにこのお話を思い出していたの。


くますけと一緒に (中公文庫)新井 素子¥ 823
『ぬいぐるみの「くますけ」を片時も離すことができない成美は、事故で両親を亡くし、ママの親友の裕子さんに引き取られる。裕子さんは成美にとても優しいけれど、くますけ以外は信じることができない成美は…。サイコホラーの傑作。』
サイコホラー・・・っていうのをメインにしてしまうとちょっと肩すかしかなあとも思いますが、とても怖くて悲しくて切なくてあったかい物語です。

もう少し先までお話を進めると成美ちゃんがすこしずつ大人になり、愛し愛される存在ができて、片時も手離すことができなかったくますけを日当たりのいい窓際に置いて学校に行けるようになる。
一方裕子さんのぬいぐるみ「なんなん」は、ずっと昔に押し入れにしまわれていたけれど、彼女が精神的に窮地に陥った時彼女を救うために立ち上がる。(ぬいぐるみですが)


そんで、いつもこの物語を思い浮かべていた曲というのは




ア・リ・ガ・ト です。
発表当時あれこれ騒ぎになった曲。
2009年のツアーの後、会報に載った穂苅さんの文章に対してこんなことを私も書いている。

もう君は僕無しで生きていけるんだね。あんなに夢中になってくれてありがとう。最後まで一緒に、とはならなかったけれど…

と歌うまさよしが、くますけと重なったんですよ。(ええ、そうです。くますけはくまのぬいぐるみです。ぬいぐるみですが、何か?!)


愛された記憶と、それに精一杯応えようとした記憶。
君が大人になることで自分が忘れ去られてもそれはそれでいいのかもしれない。


そう歌うまさよしが、戦いを終えて(ぬいぐるみだけど戦うんです!)窓際に置かれてお日様の匂いになっているくますけの姿とね、重なったんです。あ、いや。重なっていたんです。いつもライブ後にはこのことを書こうと思いながら、もっと他に書きたいことができちゃって書かずにいたんですがいつもいつも「くますけだ~」って思って聴いていたんです。

でも、京都では。
「ああ、これはパパの歌でもあるんだ」って思っちゃったのね。愛されて愛されて「パパ大好き!」って言われていてもいずれ…子どもは親の元を離れていくんですもんね。ドラえもんを見てからのライブだったから、よりそういう気持ちが強くなったのかもしれないけれど、いずれパパまさよしも子どもたちにア・リ・ガ・トと別れを告げる時が来るんだと・・・そんなことをね、考えたんですよ。
そんなつもりで書いた曲でないことは十分承知していますが、忘れ去られた超合金のおもちゃだけでない、オーディエンスに見捨てられるアーティストの悲しみだけでもない、大人になっていく誰かを見送るさみしさと嬉しさを、見送る者の孤独と愛を歌う名曲になったと思います。

本当にね。発表の直後には「いまいち?」な曲も、歌い続け、年を経ることで、いい感じに発酵してこなれてコクと深みが増すっていうかね。意外なところで名曲! って転ぶから、びっくりするわ。

これもそんな風により素敵に聴こえる日がやってくるはず! 今も十分にいい歌だけど(*^^)v

コメント

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くますけ

これ、読んだと思うんです。でも手元になーいっ!
なんでや?

私も、ア・リ・ガ・トは、とーちゃんメッセージとして聞いています。
まぁこれは個人的事情で、ですけどf(^_^;
そう思って聞いて、いいやまだまだと打ち消して、
ふと見るとまさやんが、なんだかえらく優しい表情だったり。
あれこれ、曲にまつわる思いもひとそれぞれですね。
それにしても、くますけどこいったぁ~っ!

Re: くますけ

> haroさま
あら、ないの?
今ここにあるよ。読む?(どーせーちゅうんやっ?!by h)

忘れ去られても、見捨てられても「確かな愛」とかってやつはどっかに残る。
ちょっと周りを見回せばいつでもア・リ・ガ・トの世界はそこに広がっているんだよね。

そんでパパまさよしは、息子まさよしでもあって、それが両方あいまって…
見捨てる自分、見捨てられる自分。どっちを思って歌ってるんだろうね。
ツアーが終わったら会報とかで書いてくんないかしらね。太郎ちゃんでもいいから。

で、新潟に持っていく? くますけ。1回しか読んでないからきれいだよ~。