「世間でいう分別ある大人には、どうがんばってもなれません(笑)」byモー様

読書
05 /28 2016
タイトルは、月刊flowers(フラワーズ) 2016年 07 月号 に載った萩尾望都と山岸涼子の対談の中で出てきた言葉です。もう年金をもらうようになった「花の24年組」。そのモー様が「分別ある大人にはなれない」と。

少女漫画の醍醐味は? という質問に対しての答えに続いての言葉なんですけれど。
本当に、あの頃もそして今でも「分別のある大人になれない」人間たちにとってモー様たち少女漫画家の描く世界は自分が生きていくことを肯定するために、もしくは否定することなんてないんだよと思うためにとてもとても大切なものだったのではないかと思うんです。
生き辛さを抱えている女の子、男の子、女の人、男の人にとって…いや、アタシのために必要な何かを与えてくれるんです。



今回のポーは1944年のイギリスが舞台。
キーになるのはシューベルトの冬の旅から「春の夢」。紙面に音楽が流れています。
1944年のイギリスでシューベルトの歌曲。…ドイツ語の歌。
「ああ・・・」
そうなんだって。そうだよねって。ファンタジーとか夢物語ではない「本物」(対談の中で山岸涼子先生がモー様の作品をそう称していました)のお話であるのならば、それは避けて通れない事実であって…。歴史と関わらないように生きているはずのポーの一族であっても、時代のうねりの中で知らなければならない関わらなければならない事実はあるわけで。、
エドガーとアランは今後どう彼女たちと関わっていくのか。
vol.2は冬頃の掲載だそうです。



萩尾望都という作家と同時代で生きてこられたことに感謝します。



来月号は海街diaryの新作が載るんですって!

コメント

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うぅ…。

モー様の根強い人気を甘く見てました。
引越しが決まって断捨離中で予約を迷い、週末に体調を崩して外出できず。今日出かけたついでに軽い気持ちで書店に行ったら…ない!紀◯國屋全店舗でない!沿線の文◯堂全店舗でない!
「フラワ…」「あぁ…」と食い気味に、お気の毒にという顔をされること、5軒←しつこい
アマゾンも売り切れで、中古品のお高いこと!
こうなったらコミックになるまで待つモンネ…重版出来、お願いします。・°°・(>_<)・°°・。


それにしても手に入らないとなるとムキになる、この性格。行こうか止めようか、迷ってるチケット、取っておけということでしょうか…orz

Re: うぅ…。

> あんずさま
そーなんですかっ?!
ひえ~、びっくり。発売日の夕方でまだ4~5冊積んでありましたが@地元。
うちの方ももうないのかなあ? 目の前にあるこれは差し上げられませんが
もしこっちで見つかったら代わりに買っておきましょうか?
あるかどうかわかんないですけど^_^;

でも、こんな風になくなってしまうなんてモー様の人気を甘く見ていたのは
あんずさまではなく

小学館だ!!


お騒がせしました

和音さま、お心遣いありがとうございます。

昨日は沿線の駅の近くで探して時間切れ。もうあきらめようとしたのですが、思い直し、今日は車で行けるところを探索しました。

ありました!わが町の老舗書店の、町外れの支店に!
お店に着いたら、なんとまだ3冊もある‼︎

(コレヲカッテイッテテンバイシタラチョットシタオコヅカイカセギニ…)
お金を払いながら、良からぬことが頭の片隅をよぎった瞬間、電話が。「フラワーズですか?はい。大丈夫です」←これホントです。すごいタイミングでしょう?

おー。頑張れ、仲間よ!ポーはここにいる。

……………お粗末様でした(;^_^A

Re: お騒がせしました

> あんずさま
新しいエドガー、アランに会えて何よりです。
田舎って、すてきですよね。「あれ?」ってものがちゃんとそこにある。うんうん←ヒバナ風に読んでください。

心の中のよこしまなつぶやきは…
聞かなかったことにして、「純真なファン」のふり(アタシは本気の純真なファンよ!!!by…???)をしているのがいいのではないかと(^_^;)

「読みたい」と思った人「手元に置きたい」と思った人。それぞれが幸せになれるといいのですが、

あらん。ごめんなさい

よこしまな呟きは…ウソでした。あま◯んの高値を見た時に、そういう目的で買った人がいるのだろうと思ったものですから。
一応、私も純粋なファンでございます。ポーはここにいる…と言いたいだけで話を盛った、アホなヤツですが(;^_^A


止まった時計を飾っているエドガーが、音がしない分レコードが聴ける、と言いますよね。
流れの止まった時の岸辺で、彼らは何を聴いているのだろう?何を聴こうとしているのだろう?と、せつなくなってしまいました。

>あの頃もそして今でも「分別のある大人になれない」人間たちにとってモー様たち少女漫画家の描く世界は自分が生きていくことを肯定するために、もしくは否定することなんてないんだよと思うためにとてもとても大切なものだった

そう、確かに。現実とは違う、もう一つの世界が存在してくれていることが、どれだけ救いになったことか!
でも逆にあの世界を知ってしまったから「分別のある大人になれない」のかもしれないとも考えられます。かと言って、あの世界を知らないで分別のある大人になりたかったかと問われれば、答えは考えるまでもありません。

それにしてもモー様も山岸先生もネームを担当者に見せないという話。ぷぷぷ、です。そりゃあねー。。。

暑苦しく何度も失礼しましたm(._.)m

Re: あらん。ごめんなさい

> あんずさま
彼女たちの描く世界を知らずに大人になったとしたら…
分別がない、のではなく、無分別な大人になっていたのではないかとちょっと怖くなります。
自分とは全く違う哀しみを抱えた人がいるということがわかる、実感できることで「無分別」にはならずに…




なってるかも~~~~(~_~;)

無分別なのは…

そうか!! 無分別なのは、漫画を読めない体質のまま、大人になったからかも…。

まあ、全く一頁も読めない訳ではなく、学生の時に「絶対いいから!」と勧められた2、3の作品は、長い時間をかけて読了して、それなりに面白かったのですが…。

お陰様で、色々自分の偏りを認識します。。

漫画は絵と字に圧倒されてしまうんですよね。
字だけか、絵だけかなら…。

Re: 無分別なのは…

> miyuさま
あれ、マンガ読めない人だったっけ?
そうかあ、じゃあ「男波が一つ」とか「月もひとり。ね、千葉ちゃん」とかそういうアホな会話にはついていけてなかったのね。それは失礼いたしました。
マンガ読まなくても漫画家さんたちのエッセイとか対談集とか読んでみるといいかもですよ。面白い(魅力的? チャーミング?)人たちばかりですし(^^♪

努力して「楽しむ」なんてアホなことですもん。読みたいものを読めばいいんだし、見たいもの、聴きたいものを好き勝手に楽しめばいいんですものね!