25年前って、ついこの間、だよね。

日記
07 /22 2016
今朝、何となく思い立ってLIP習志野を聴き始めて。M4でお出かけ時間になってしまったんだけれど、帰ってきてから続きを聴くという普段あんまりしないことをしまして。聴きたい気持ちは強烈にあってもなかなか手を出せないディスクなんですよ、LIP習志野って。それを今日聴いていたら、NHKでは「歴史秘話 ヒストリア」が始まりましてね。
テーマは「大阪万博」。1970年のこと。

行ってるんですよ、アタシ。大阪万博。ほとんど覚えてないんですけど。家族旅行ってやつです。
でもまあ、ほとんど覚えてないし「秘話」ですから「へ~」とか「なるほど」とか「すごいな~」とかこの番組を見るたびに思う感想を持っていたんです。自分とのかかわりとかそういうのは全くなしに「歴史としての万博」を楽しんでいたっていう感じです。

でも。なんかのタイミングで思っちゃったんですよ。
1970年って1945年から25年しかたってないんだって。

今から25年前っていうと平成3年。つい最近、ですよね。たとえ平成3年は覚えてなくても、昭和64年の最後の日は、平成元年の最初の日は覚えてますよね。昭和の人なら。寒かったとか、年末から「お元気ですか~?」っていう陽水のCMのセリフが自粛されたり・・・そんなことがあっての天皇崩御。体の感覚として、感情を伴う記憶として残っている。28年も前なのに。28年も前だけど。
それと比べてしまったときになんだかちょっと、いやかなり「あれっ?」って思ってしまったんですね。

歴史秘話ヒストリアが終わった後に関東地区のニュースで東京オリンピック関連の情報が流れていて。実際に使った聖火のトーチとかを見るだけでなくさわれたりするんだっていうね。
東京オリンピックは1964年です。1945年から19年後です。19年。まさよしがデビューしてから今年で21年。まさよしのデビューは1995年ですから19年後っていうと2014年。あんなことやこんなことがありましたがデビューからの年月、その前の上京してからの年月をアタシたちは知っています。感じています。まさよしや穂苅さんや社長や。杏子さんやキタローさんや山木さんや。そんな人たちはもっとその年月を体験しています。忘れるはずがありません。私だって私の記憶を感情を覚えています。忘れたことももちろんたくさんあるけれど、忘れられないことどもも山のようにあります。

そして。
1964年。1970年。
1945年から19年。25年。
歓喜の瞬間を、歴史に残る歓びの日を1945年を体で覚えている人たちはどう迎えたのか。それを考えてしまったらなんか・・・なんだか。
楽しいことだけを拾って書いているようなここに、こんなことを書かずにはいられなくなってしまいました。うちの父も母ももちろん1945年を体の記憶として残している年齢です。格別何かを話してくれたわけではありません。戦後のあれこれを苦労や哀しみではなく、子どもたちの成長や生活の向上の歓びとして語ってくれる多くの大人と同じです。
でも。忘れているわけはないのです。私たちが25年前を19年前を確かに覚えているように。

その後、日テレのまさよし特番「山崎まさよしの20年 ~ずっとその先へ~」を見たらなおさらその感が強くなりました。20年とか30年とか・・・大人にとってはそんなに「遠い昔」ではないのですよね。
あの遠い日の花火、あの頃の未来・・・歴史は誰かのそういう記憶の積み重ねななんだと改めて思った今日でした。


楽しいお話でなくてごめんなさい。
明日はオーキャングッズの話でも書けたらいいと思います。

コメント

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花火

途中からですが、その番組見て、同じようなこと考えてました。
1945年って、私が産まれるつい12年前なんだって・・・。
「12年前」なんて、今や「昨日」っすよ。
「花火」のなかの
「思えばついこないだの話 だけど今よりずっと昔」の中に、
そんな時の流れに対する思いを感じ、
「もてあましていた時間」の中に
その時間を日常としてリアルに感じていたであろう人たちが、自分と同じふつーの人間だったという当たり前のことを感じてました。
発売当時は今一つピンとこないフレーズだったのだけど、今、しみじみいい歌だなぁと思います。

Re: 花火

> ずんさま
21世紀になったのが15年前。
その年に生まれた子たちがもう義務教育終るんですもんねえ。
ホントつい昨日ですよ。大喪の礼の日やダイアナさんが亡くなった日とかも
ありありと思い出します。その出来事だけじゃなくてその時の自分たちの様子と気持ちを。

時代の変化が激しくなっても、いろんなことがぐろーばるとかになっても
そこに生きる人一人ひとりの体と心を通した記憶こそが根っこ、なんでしょうね。
でもそういうのって普通の人々は語らない。
だから、それらを想像し自分の内側に痛みを持とうとすることが大切なのだと思いました。