視線の持ち方

長澤知之
04 /25 2017
えとね。
長澤くんの歌詞というか音楽に描かれる世界の在り様が変化してきているねって昨日話したのよ。
最初の、初めて彼の歌を聞いたころはうつむいて部屋の片隅で膝を抱えている自分の腕の中に納まるものしか見えていないような感じだったのに、だんだんと視線が上がってきた感じがして。

顔をあげて、向かい合う人を見つけて、立ち上がって自分の身の丈の世界が見えるようになって。
たくさんの人を見るために伸び上って、跳ねて、意識を空に飛ばして。上から目線、ではなくて俯瞰でいろんなことを見られるようになってきて。
そんな風に俯瞰で見られるようになった人が歌う「僕らの輝き」の素晴らしいこと!
二人でいること、二人きりでいること、たくさんの人の中の二人であること。
極個人的な事柄を、思いを歌うと、それは普遍になる。
僕と君の光へのメロディーが、あまねく世界を照らし出す光になる。

スンマセン。ちょっと大げさです。
でも。
長澤くんが身も心も大きくなっていく過程を3年間、7年間、10年間…見ていられるのは本当に幸せで。(身はもう大きくなんなくていい、っていうか小さくしましょう!)彼の変化を、彼の成長を、彼の愛の在り方を感じられる僥倖を何よりの神様からの贈り物だと思うのです。



社長・・・じゃない、最高顧問のジャイアンのように美しく言葉を紡ぐことはできないけれど、これからも長澤くんの音楽を聴いた後の心地よさは、決して失いたくない大切なものの一つです。

だからねえ、あの爆音の中で眠たくなってうつらうつらしてしまうのは、正しいことなのかもなのだよ。うん。

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